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人造砥石で満足されている方、より一層の切れ味を
天然砥石にて、ご満悦して頂けます。
特に本焼の包丁の仕上げは、天然砥石で、
堪能して頂けます。

地球から授かった宝物

鮮やかな伝統工芸の支えの天然砥石は2億年以上もの年月の地球の歴史が造り上げた宝物です。伝統工芸品堺打刃物、包丁にとっては、なくてはならないものです。
人造砥石も発達していく中、『天然』の素晴らしさを歴史を交えて、ご覧下さい。『天然』の良さを感じて頂けると思います。
対馬砥石
長崎県対馬砥石

沼田砥石

群馬県沼田砥石
 

地球から授かった宝物『天然砥石』
わが国日本の木造建築は良い大工道具と木材との技術から作られます。
よく切れる大工道具は、良い鉄の材質と鍛練な鍛冶屋がそれを作ります。それと同じ重要さで良い研磨力が必要となります。 良い砥石無しでは良い刃物や包丁は生まれません。

幸いにも、日本では昔から良い天然砥石が多く発見されて使われていました。砥ぐことは、磨製石器(※)(砂や石で磨かれた石器)のように古代石器時代にすでに行われていて、天然砥石は、火山岩が風化して非常に細かい粒となり、雨水などにより分離し、大きさの揃った粒子が適当な接着物質と堆積(たいせき)し、長い間の地殻変動で圧力がかかって出来る水成岩です。
日本の地形は、これらの条件が揃っています。これこそが、大自然の天然です。
対馬砥石(長崎県)などと主に産地名で呼ばれるものが多い。

 (※)磨製石器(ませいせっき)
縄文時代(※)までの打製石器とは違い、石を磨いて作くられる石器のこと。
この頃すでに、石のような物で砥いだという説もある。もちろんこの頃これは天然です。
 (※)縄文時代とは、いまから12000年前から2400年ほど前の約10000年間を指します。
この時代になると、人々は土器を使い始めます。土器を使うことによって、食べ物を煮炊きするようになり、食生活が豊かになります。とくに、木の実などの植物で食べられるものが多くなり、それまでの動物を追いかける移動生活をしなくてもよくなり、人々はムラ(村)を作って定住(ていじゅう)するようになる。

また、旧石器時代は石を割って作った打製石器がほとんどで、縄文時代には、割れにくい硬い石をみがいて磨製石器を作るようになり、 硬い石の丈夫な斧(おの)で、木を伐採(ばっさい)、それを細かく丁寧に加工することが簡単になり、住居の建築の技術も進み、 この頃、住居は竪穴式住居で、建築技術は道具を砥ぐことによりはじまり、技術進歩といっても過言ではありません。

京都天然砥石について
鮮やかな伝統工芸の縁の下の支えとなっている天然砥石は、2億年以上もの年月の地球からの宝物です。
京都天然砥石の発祥は800年前の鎌倉時代で洛西嵯峨の奥、菖蒲谷にて、本間藤左衛門の発掘の天然砥石を
後鳥羽上皇に献上し、御嘉賞を受け源頼朝に『日本礪石師棟梁』(れいせきしとうりょう)の免許を受けることに始まる。
明治初期頃には全国各地で100種類以上の銘柄の砥石が産出され、その後、近年地中深くの鉱山から掘り出す作業は危険な上、過酷な労働となり又、良質の天然ものが採れる鉱山が、減少し人造砥石が工業生産で大量に出回り、天然砥石とは貴重な物となり、高価な商品となります。

天然は、人造砥石に比べ包丁などを砥いだ後の切れ味の持続は、歴然の差を持ちます。
包丁と天然砥石は、歴史深く、切っても切り離せない関係となります。そして、堺の包丁と京都天然砥石の関係も歴史があります。

京都天然砥石の主要な砥石山
梅ヶ畑・高雄山・原・馬路・保津・八木・瑞穂・京北・宮前・滋賀など

本山(ほんやま)
京都産の砥石(仕上砥)を本山と称するのは本間藤左衛門の子孫が代々に採掘に当たっていたので本間の山、略して本山と呼ぶようになり、 後に、鳴滝、中山、丹波各地の物もすべて本山と呼ぶようになっております。



 
 
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